マラソン中に汗で失うナトリウム量は、「発汗量(L/時)×汗中ナトリウム濃度(mmol/L)×23」で概算できます。ただし、計算結果は「失った推定量」であり、その全量を塩タブレットなどで補給すべき目標値ではありません。発汗量も汗の濃さも個人差と条件差が大きく、塩分を摂っても過剰飲水による低ナトリウム血症を防げないためです。
まず式を分解する
ナトリウム1 mmolは約23 mgです。したがって、1時間あたりの推定損失量は次の式になります。
推定ナトリウム損失量(mg/時)=発汗量(L/時)×汗中Na濃度(mmol/L)×23(mg/mmol)
発汗量の測り方は、同じサイトの前後の体重から発汗量を見積もる記事で、飲水量と尿量を含む計算例を示しています。本記事では、その結果に汗中ナトリウム濃度を掛ける段階を扱います。

平均値を自分の値だと思わない
マラソンを完走した経験者157人(男性141人、女性16人)を調べた原著研究では、前腕パッチで測った汗中ナトリウム濃度は平均42.9±18.7 mmol/L、範囲は7.0〜95.5 mmol/Lでした。平均値の2倍を超える人もいれば、6分の1ほどの人もいたことになります。参加者の20%は60 mmol/Lを超えていました。
ただし、気温は平均24.4℃、湿度は平均27.7%で、女性は16人だけでした。前腕の局所測定でもあります。この平均を日本の真夏、自分のレース強度、全身の汗にそのまま当てはめることはできません。
3つの計算例
| 発汗量 | 汗中Na濃度 | 計算 | 推定損失 |
|---|---|---|---|
| 0.6 L/時 | 30 mmol/L | 0.6×30×23 | 414 mg/時 |
| 0.8 L/時 | 42.9 mmol/L | 0.8×42.9×23 | 約789 mg/時 |
| 1.0 L/時 | 60 mmol/L | 1.0×60×23 | 1,380 mg/時 |
この表は式の感度を見るための例です。上段と下段では3倍以上違いますが、「1,380mg/時を全部摂るべき」という意味ではありません。
製品表示を1時間量にそろえる
補給側は、飲料、ジェル、カプセル、食べ物に含まれるナトリウムを1時間単位で合計します。たとえば、500mLの飲料にナトリウム250mg、1時間に1個使うジェルに200mgなら、合計は450mg/時です。食塩相当量しか書かれていない場合は、ナトリウム量と同じ数字ではないので、メーカー表示の換算を確認してください。
推定損失789mg/時に対して450mg/時なら、見かけ上は約57%です。しかし、この割合に「正解」はありません。体内にあるナトリウム、腎臓での調整、食事、飲水量、レース時間が関わるため、単純な入出力表だけでは血中ナトリウム濃度やパフォーマンスを予測できません。
汗テストにも測定誤差がある
2026年8月27日にオンライン公表された20人の原著研究では、同じ方法でも日ごとの変動係数は約9.9〜14.9%でした。安静時に発汗を誘発するイオントフォレーシス法は、運動中の採取より平均8.5 mmol/L(約195mg/L)高く出ました。対象は健康な成人20人、27℃で60分のランニングまたは自転車という限られた条件です。
そのため、結果を見るときは次の4点を残します。
- 測定方法(全身、パッチ、発汗誘発など)
- 気温・湿度・運動時間・強度
- 暑熱順化の時期と直前の食事
- 単位が mmol/L か mg/L か
条件が違う一回の値を小数点まで固定するより、近いレース条件で複数回の範囲を持つ方が実務的です。
塩分は過剰飲水の保険ではない
2015年の運動関連低ナトリウム血症に関する国際コンセンサスは、過剰な水分摂取を主要因とし、口渇に応じた飲水を基本戦略としています。ナトリウム入り飲料は、長時間運動で血中ナトリウム低下を弱める場合がありますが、飲み過ぎが続く状況で低ナトリウム血症を防ぐことはできない、と明記しています。
つまり「塩を多めに摂れば、水をいくら飲んでもよい」ではありません。体重がレース前より増えるほど飲む、喉が渇いていないのに計画表だけで飲み続ける、といった行動を塩分で相殺しようとしないことが重要です。
実践は“損失推定”と“耐容性確認”を分ける
- 近い条件で発汗量を測る:レースの季節、時間、強度に近い練習で測ります。
- 汗中Naは範囲で扱う:検査値がなければ、集団平均から自分の必要量を断定しません。
- 全ての供給源を足す:飲料、ジェル、カプセル、食べ物のナトリウムをmg/時に統一します。
- ロング走で胃腸と口渇を確認する:新しい高濃度製品を本番で初めて使いません。
- 条件と結果を記録する:気象、体重変化、飲水量、Na摂取量、胃腸症状を残し、次回の仮説にします。
腎臓・心臓・血圧の治療中、塩分制限を指示されている、利尿薬などを使っている場合は、自己流で摂取量を増やさず医療者に確認してください。頭痛、吐き気、混乱、けいれん、意識の変化が運動中または運動後にあれば、低ナトリウム血症などの可能性があるため救護・医療につないでください。
結論
計算式はシンプルでも、入力値は固定ではありません。まず発汗量と汗中ナトリウム濃度を分けて考え、L/時×mmol/L×23=mg/時で損失の規模を見ます。そのうえで、補給は100%置換を前提にせず、飲水量とセットで練習中に検証します。
公開時点:2026年9月20日。研究の公表日と大会・測定の実施日は同じとは限りません。本記事は一般的な情報で、診断や個別の治療・栄養処方ではありません。

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